異国船打払令
18世紀末から欧米諸国の船が日本海近海に出没するようになりました。
そりゃそうです、向こうは大航海時代。
あちらこちらを植民地、布教をしてまわってるんですから。
で、もちろん日本も例外ではなかったのですが、
幕府は1791年にが国選渡来処置令を出して、
長崎に回航させることとしていました。
1806年には、薪水給与令(文化の憮恤令)<ぶんかのぶじゅつれい>
を出して薪と水をあげて、日本から出ていってもらうことにしました。
ところがどっこい、1808年10月に、イギリス軍艦フェートン号ってのがやってきて、
長崎港でドンパチやっていったものだからさぁ大変!(フェートン号事件)
ナポレオン戦争の余波だったんだけど、長崎の警備を任されていた人や
鍋島藩といった藩は、それこそ責任問題となり切腹する事態になったわけ。
それで、日本の沿岸に接近する外国船は、見つけ次第に砲撃し、追い返そう
そんな発想をする人がでてくるわけで、
日本に来たら容赦なく撃っちゃうからねってなったわけ。
もちろん、国内でこの政策を批判する人も出たりするんだけど、
言論の統制が厳しいこの時代、批判した人たちは
牢獄に幽閉されちゃったんだよ。
さて、年号ですが、政策批判の人たちの立場から、
いやにごういん
1825年 異国船打払令と覚えておきましょう。
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